第5回 発生主義と現金主義

「発生主義」と「現金主義」の概念 会計の処理の方法に「発生主義」と「現金主義」という概念があります。 国際会計基準にそった会計では、ほぼ「発生主義」で統一されていますが、タイでは二つの仕組みが混在して採用されている場面が多く、こうした点にも注意が必要です。 分かりやすい例を挙げて説明しましょう。 ある取り引きが発生し、出荷後Invoiceを発行したとします。 インドネシアではInvoice発行時に、Withholding Taxの会計仕分けを入力します。これを「発生主義」と呼びます。 一方タイの場合、Invoiceに対する現金を受領してWithholding Taxの会計仕分けを入力します。これを「現金主義」と呼びます。 名称そのものに対する理解はそれほど難しくはありません。 しかし、タイの場合付加価値税(VAT)は、物品の売買の場合発生主義、サービスの場合発生主義または現金主義というふうに少し複雑です。 ①発生主義…事象発生時点を起点とした会計処理の概念 ②現金主義…現金移動時を起点とした会計処理の概念 ◆ 遅れるタイの国際会計化 国によって、発生主義・現金主義が異なるのは各国の税務署の考え方によるものですが、国際会計基準にどこまで沿うかということも影響しています。 一方で、すでに見てきましたように、タイの会計システムは「国による税の徴収」を最優先に組み立てられているため、源泉徴収税(Withholding Tax)、付加価値税(VAT)を含め毎月の税務申告が厳格に運用されています。 月次の棚卸しも決まって行われています。毎月の会計処理が大前提とされているのです。 また、前述のようにInvoiceと現金受領の時期がずれ、為替差損が発生しますのできちんとした仕分け管理を行う必要があります。 経済取引のグローバル化に伴い、タイの会計の仕組みがいつ国際会計基準に移行するのかに関心が集まっていますが、そう簡単には進まない事情もあるのです。

第6回 採番について

◆タイの複雑なドキュメントNo.(採番) 請求書(Invoice)などに固有の番号(発行番号)を振り分ける作業を「採番」と呼びますが、これについても日本とタイとでは大きく運用方法が異なっています。税務当局からあらぬ疑いの目をかけられないよう、慎重な処理と対処が必要です。 日本国内で行われる採番作業は、システムの導入時から順に番号を振り分けていく方法が一般的です。発行したInvoiceなどにミスがあった場合は取り消しをし、それにリバイス(修正)ナンバーを振るなどして重複する事態を予防します。 これに対し会計を月次処理し、月ごとの納税申告が義務づけられているタイでは、発行されるInvoiceや領収書(Receipt)に振られる固有の番号は、月ごとの連番となってなくてはなりません。しかも、発生日順に割り振られるというルールとなっているため、特別な理由がない限り欠番の存在は認められていません。 ◎タイにおける「採番」の事例 IV201605-001(冒頭のIVはInvoiceを表す) ※IVと番号の前に「企業名」などを表す記号が入る場合があります。 ◆ドキュメントNo.(採番)の修正時の苦労 このように、月ごとの連番が採番のルールとして定常化されているため、書類にミスがあった場合でも差し替えられたInvoiceなどの発行番号が改められることはありません。ここに、不正が介在する余地があるとされています。 例えば、Invoiceを発行した後に取引先から「単価を下げて欲しい。Invoiceは同じ番号で再発行してください」と要請があったとします。納品側はこれに応じ、新たにInvoiceを発行しますが、発行番号は変わりません。つまり、同一の番号で内容の異なるInvoiceが同時に複数枚、存在する事態が発生するのです。 これら一連の場合の手続は、もっぱらタイ人の事務当事者間で行われます。日本人が介在することは、事柄の性格上、通常あまりありません。こうして、過大出荷、バックマージンなどの不正が行われるとされています。 予防策としては、毎月末に行う在庫管理の徹底のほか、採番の不正に対応したソフトウエアの導入以外にありません。取引件数の多い事業所であれば、リスクはなおのことです。転ばぬ先の杖とした対応が必要です。

第7回 タイでの固定資産

◆低額な固定資産 企業が固定資産を取得(購入)したとき、当該資産については日本国内と同様に減価償却されるというのがタイの会計ルールとなっています。ただし、その内容は大きく異なります。同じ「減価償却方式」だからと安易に考えていますと、その膨大な作業量に当惑することは間違いありません。 まず、挙げられることに、タイにおける固定資産認定の基準額が日本よりも低額に置かれているという点があります。おおよその目安は「1000バーツ(約3300円)から5,000バーツ(約16,500円)」とされており、ちょっとした多機能ペンや事務用品、ホワイトボードなど大半の備品類が該当することになります。 それだけではありません。償却資産となれば、その一つ一つに資産番号を振り、管理・仕分けしなくてはなりません。その入力だけでも大変な作業となってきます。当然に、ミスを犯す可能性も増してきます。 ◆定額法だが日割り計算が複雑 さらには、減価償却そのものの仕組みも異なります。日本における減価償却は、その資産の性質や評価によって「耐用年数」が定められています。例えば、鉄骨鉄筋コンクリート造・鉄筋コンクリート造の事務所用に供するものは50年、事務机や椅子の金属製のものは15年、パソコンは4年といった具合です。しかも、1年に一度、申告をすれば事足ります。 一方、タイの会計申告は、何度もお伝えしていますように月次申告が基本的なルールです。主に「定額制」を採るため、ともすれば簡単だと受け止められがちですが、そこから先が極めて煩雑な仕組みとなっています。 タイにおける減価償却は、いわゆる「日割り計算」において行われます。1カ月が28日の月もあれば、30日や31日の月もあります。これを月ごとに当該日数で割って計算・申告しなくてはなりません。正しく申告しなければ経費としては認められません。この作業が計り知れないほどの膨大な事務量となって、担当者の負担となります。ソフトウエア上も煩雑なだけに、しっかりとしたシステムの構築が求められます。 ◆タイにおける減価償却制度の特徴 1)固定資産の認定基準額が日本よりもはるかに低額 2)月次処理・申告をしなくてはならない 3)しかも、月ごとの日数に応じた日割り計算が求められる

第8回 海外でのVoucherとはなにか

◆Voucher(バウチャー)とは Voucher(バウチャー)とは、モノやサービスの売買が行われる商取引の現場で、購入、引き渡し(受け取り)、金銭の支払い、同受領といった仕訳が行われるたびに作成される書類のことを言います。 それ自体が税務署等に提出するものではありませんが、税務調査等の際に提示を求められることがあり、5年間の保存義務が課されています。 ◆Voucherの種類 海外でのVoucherには、次のようなものがあります。 ①Account Receivable Voucher (売掛金 バウチャー) ②Account Payable Voucher (買掛金 バウチャー) ③Receipt Voucher (受領 バウチャー) ④Payment Voucher (支払 バウチャー) ⑤Journal Voucher (一般 バウチャー) このうち①はInvoiceの発行と同時に作成される書類で、仕訳にあたり「売掛金」が存在することの証明にもなります。②は反対に「買掛金」の存在を証明するもので、見積書やCustomer P/O(注文書)といわば一体のものです。物品やサービスの注文時作成されます。 また、③は物販やサービスの対価として現金を受け取った時に、反対に④は現金を支払った時にそれぞれ作成されます。いずれも仕訳と表裏一体の作業として行われています。

第9回 Tax IDとはなにか

◆Tax IDとは タイで会社を設立すると同時に、個別に与えられる13桁の数字だけの番号が「TAX-ID」、いわゆる納税者番号です。 「ภ.พ.20」という書類番号が付された付加価値税登録証((ทะเบียนภาษีมูลค่าเพิ่ม))に記載されています。 納税以外にも銀行口座の開設や各種申告の手続などにも必要で、紛失や失念などなきよう取り扱いには十分な注意を求めたいところです。 ◆Tax IDは請求書(Invoice)や領収書(Receipt)に必須 特に重要となってきますのが、請求書(Invoice)や領収書(Receipt)へのTAX-IDの記載です。いずれの場合においても、13桁の数字が正しく記されていなければなりません。 それだけではありません。会社の登記住所、登記名(略称や屋号は不可)、本社(Head Office)なのか支店なのかも漏れなく正確に書かれている必要があります。 仮に記載内容が、1文字1数字でも登記された情報やภ.พ.20と異なっていますと、税法上も公式な書類とは認められず、必要経費にも認められません。 発行元に依頼して再発行してもらわなくてなりません。 ◆Tax IDの記載義務 TAX-IDの記載義務は、取引相手が会社であっても個人であっても変わるところはありません。 使用される書類が異なるだけで、常に正しい記載が求められます。源泉徴収税(Withholding tax)の申告においても必要となってきます。

第10回 支払条件(Payment Condition)と支払日(Due Date)

◆支払条件が支払いに重大な影響 契約に従って商品やサービスが供与され、後は支払いのみという段階になって問題となってくるのが支払条件(Payment Condition)です。 さまざまな運用があるうえに、タイで頻繁に見られる想定外の出来事もあります。 ◆支払いに関する各用語の意味 ①支払期間(Payment Term)…Invoice発行後、支払いを行うべき期間。 ②支払期限(Due Date)…支払期限日。これを超えると遅延損害金が発生する場合がある。 ③支払日(Payment Day)…支払いを行う日。 ④請求締日(Submit Day)…Invoiceの受付期限。いわゆる「〆日(しめび)」。これを超えると次回の支払実施日の扱いとなる。 これらの意味をしっかりと理解し、取り引きを行う会社間(担当者間で)で予め入念な打ち合わせを済ませておく必要があります。 支払いに関わる情報の把握はAccount Receivable Voucher やAccount Payable Voucherの管理とも密接に関わって来ます。 手作業では限界がありますので、自動計算ができるソフトウエアの導入なども一考です。 ◆タイ人会計担当者の独自の判断で支払い遅延 もう一つ、支払日のことで注意しなければならないことがあります。 せっかく会社間で支払いをめぐる取り決めを済ませていても、会計の担当者が人為的に支払いを遅らせるケースがタイでは後を絶ちません。 背景には、支払いを少しでも遅らせることが会社の利益になるとした誤った理解があるようですが、これでは何のために取り決めを交わしたのかが分かりません。 タイ特有の現象ということができるかもしれませんが、Invoiceの送付後は先方の担当者に連絡するなどして支払予定日の確認を行っておくことが賢明のようです。

第11回 Stock Card(在庫台帳)とは

◆Stock Cardとは何か 在庫資産を正確に把握するために、在庫が会計上どのように処理されていくか、その履歴を記載するための台帳を作成すること必要です。 この台帳のことをStock Cardといい、在庫台帳などとも和訳されています。 Stock Cardは税務署から照会があった時に提示が義務付けられています。 日本ではあまりなじみがありませんが、事務作業が膨大なため、専任のタイ人ローカルスタッフを置くケースも少なくありません。 しっかりと理解し、把握しておく必要があります。 Stock Cardには在庫の数量と在庫金額の情報が記載されています。市場の変化もあり単価は常に変動しています。 輸入品であれば為替レートによっても変わってきます。 また、輸入関税も含めるのであればそれらも明記しなければなりません。 ◆税務署に申告が必要な在庫処理方式と在庫計算方式 事業を行うにあたって企業は、在庫処理方式と在庫計算方式をあらかじめ税務署に申告しておくことが求められています。 在庫処理方式には大きく2つあり、①Perpetual Inventoryと②Periodic Inventoryです。前者①を「リアルタイム在庫引き落としタイプ」、後者②を「月次棚卸タイプ」といいます。 リアルタイム在庫引き落としタイプは管理が厳しいことから、タイでは多くのケースで後者の月次棚卸タイプが採用されています。 月初と月末の在庫を1カ月ごとに入力し、処理していく方法です。 ところが、1カ月単位をまとめて入力するため、ここでは在庫の履歴を把握することができません。この時に必要となってくるのがStock Cardというわけです。 在庫計算方式には大きく3つあります。 ①FIFO (First in First out)=先入先出方式 ②LIFO (Last in First out)=後入先出方式 ③Average=平均による方式 タイでは、①FIFOまたは、③Averageのいずれかによる計算が多く採用されています。 ◆Stock CardにはInvoice番号などリンクが必要 Stock Cardには仕入先からのInvoice番号、Customer P/O(注文書)番号、販売であれば顧客へのInvoice番号などさまざまな情報との関連も求められます。 また、どの最終完成品のために使われたものなのかなど製造指示番号といった情報とのリンクも必要となってきます。 つまるところ、このような多様な処理に対応したソフトウエアによる一元的な管理が必須となるのです。

第12回 Advance, Debit Note, Credit Noteについて

◆出荷基準であるため、請求書などのドキュメント変更ができない Invoiceが発行される時、タイでは税務署が出荷基準を採るよう指示を出していることは本入門の第1回でご紹介しました。 会計は管理のためというより、税務のためにあるというのがその理由だからでした。 これによって、全てのドキュメント(帳票)は各々に付された番号によって紐づけられ、ドキュメント管理が企業会計の重要な柱となっていることにも触れました。 その結果、生じてくるのがInvoiceなどドキュメント類発行後の同一紙上での訂正や差し替えが一切できないといった現象です。 不良品の返品や単価の変更があったのなら、請求書を差し替えればいいだろう」と、日本で事業を営んできた方々の大半はそう思われます。 しかし、タイでは帳票類の紐づきによって、これが事実上禁じられています。 Invoiceそのものへの訂正や差し替えができないものを、どのように修正していくかというのが本稿のテーマとなります。 ◆タイではよく行われる先払処理(Advance) Advanceというのは、Sales(セールス)側が発行する帳票で「先払請求書」と和訳されます。 全部あるいは一部の代金を事前に顧客に求めることはタイにおける取引きでも珍しくなく、その時に発行がなされます。 その後のInvoiceやReceiptとも個々の番号で紐づけられ一体となった会計処理がされます。 ◆請求書の修正ドキュメントとなるDebit Note、Credit Note Debit Noteと、Credit Noteというのは、Invoice発行後に単価に変動があったり、不良品が見つかった場合などに使われます。 このうち、Debit Noteは、何らかの事情で単価が引き上げられた時に作成されます。 一方、Credit Noteは、同様に何らかの事情で単価が引き下げられた時と、引渡商品に不良品が混入していた場合などに作成されます。 作成するのはSales側、すなわち代金を受領する側です。 これらは、日本ではあまりない仕組みとされていますが、付加価値税(VAT)の国の財源に対する割合がことのほか大きいタイでは避けて通ることはできません。 しっかりとした理解と対応が必要です。

第14 回 会計システムの初期導入について

◆会計システムの初期導入の期間 新規に進出された企業様の場合、1-2カ月くらいです。既存会計システムから置換えの場合、データ移行がありますので2-3カ月かかります。 ◆既存会計システムから置換えの理由 新規に進出された企業様の場合、新規にデータを作成しますので大きな問題もなく会計システムを導入することができます。 しかし既に会社運営されている場合、既存会計システムが稼働している状況または会計専門業者へ委託している状況だと思います。 既存会計システムからの置換えの理由のほとんどが、現状タイローカルの会計システムを使用していて、日本人にとってブラックボックス化していることです。 ◆既存会計システムから置換えの移行データ 既存システムからの置換えには、データ移行という大きな労力が発生します。移行データの内容を以下に記述します。 ①勘定科目マスタの整備。既存と同じものにすればいいのですが、日本人の理解できるものにするには既存の勘定科目マスタの修正が必要です。 ②会計開始時点における、勘定科目ごとの初期残高(Initial Balance)、購入品・完成品・仕掛品の初期在庫費。 ③会計開始時点における、売掛金明細(AR=Account Receivable)、買掛金明細(AP=Account Payable)データ。 ④会計開始時点における、固定資産データ。 ⑤各種マスタ、顧客マスタ、仕入先マスタ、品目マスタ、価格マスタなどのマスタ移行。 上記の①の勘定科目マスタの整備は、戦略上とても重要で日本との連結決算も絡みます。 上記の③④の売掛金明細・買掛金明細・固定資産のデータ移行はかなり量になりますので、Excelから変換できる会計ソフトが望ましいです。 タイの場合、固定資産の下限が5,000THB程度ですのでかなりのデータ量になります。 データ移行に関して、お客様とシステム提供ベンダーが一致協力していく体制が重要となります。